自分は其の手をば女の驚くほど強く握つた後、馳けるやうに其の場を立去つた。

          あゝ!何事も知らぬ巴里の町娘! 

彼女は愛嬌に、『再び見ん』との意味ある懐しい AU REVOIR の一語を残して呉れたが、この夜を限り、遠く遠く東の端れに行つて了ふ身の上には、Adieu pour toujours――再会期(ご)なき別れである。

あゝ!

彼の女は自分に純粋な『巴里の発音(アクサンパリジヤン)』を聞かして呉れた最後の『巴里の女(パリジヱーヌ)』であった。

                                                (永井 荷風「ADIEU(わかれ)」)