ジョルジョ・アガンベン「残りの時」

戦争においては、敵の都市は力づくで打ち負かされ破壊されて、その住民たちは殺されるか奴隷とされるのかが通例であった。しかし、これとは違って、弱いほうの都市がデーディティオー・イン・フィデム〔敵方を信じての降伏〕の制度に訴えること、すなわち降伏して敵の手中に自らを委ねながら、しかしまた、こうしてなんらかの仕方によって勝者をより温情ある態度へと強いていく、という事態も起こりえた(サルヴァトーレ・カルデローネ)。このような場合には、都市は破壊を免れ、その住民たちには十全とは言えぬまでも個人の自由が許された。かれらは特別の集団、まさに「捧げられた者たち」の集団を、一種の無国籍者を形成していたのであって、パウロによるメシア的な者たちの身分について考えるときには、この非奴隷ではあるが十全には自由ではない集団のことを想起してみる必要があるのではないだろうか。この制度が、ギリシア人たちによってピスティス(義)と呼ばれ、ローマ人たちによってフィデス(信)と呼ばれたのであった。