Jean-Daniel Polletの「Bassae」と「Méditerranée(邦題:地中海)」

題をあとから引いたので、鑑賞中にその名が兆すどころか、鑑賞後も地中海のイメージは先行しないままであるわけだが、ただ良くも悪くも現在の汎ヨーロッパ的な映画の傾向と逆行した試みではあるようだ。ややもすれば詩に映像をあてがったようなものと揶揄されても仕方ないが、しかしこの作品の強度がソリッドな事物を際立たせアクチュアリティを喚起する態度に支えられていることには好意をもつ。もちたい。まるで逆なでしたようというべきか、モノ自体を紙やすりで擦り、表面が削れ取れて剥き出しになるほどに粗だたせたような、なにか決定的に不穏な撮り方。さらにこれが今日的な立場=キッチュと異なるのは、その文脈において弁明を行わない真摯さ、あるいはカメラを前提としない映画であることによるからだ。またそれに彩りを添えるソレルスの文の壮麗さよ。不思議に個人的ないじらしさが感じられつつもスペイシーである限りにおいて、相克する映画。

『In the oscillation,this margin again will come the blind indication that the smallest thing is as great as the very greatest and that the view point is the same everywhere』

『Pain spread across landscapes you cross but can never reach』