basilides2006-02-06

一切を許さない独特の黄昏の中に夜毎の帳が音をたてず静かに降ろされた。人がいなくなって何度目かの夜であった。冥福を祈る者さえも絶えた街は身持ちの固い女のようにかろうじてうわべの様相を保つにとどまっていた。往来からは、たまに崩れる壁で悲痛な鳴き声がこだましたが、もっぱらは猛々しくも嘲弄に似た動物の高笑いがとどろいていた。牝を見て猛り狂う牡牛たちはうまくすれば、いつぞや踏み潰されて僅かな面影さえ残さない人の上で激しく睦みあったが、あわれ袖にされたものは怒りに満ちて路を駆け、その掻く一足ごとに赤い褥が高く巻き上げられた。そうした喧騒をよそに他なる場所では、肥えて首が窮屈になった飼い犬が飼い主を誰にも奪われないように物陰に引き入れ隠そうと企んでいたが、いつも我慢が及ばず、いきおい一噛みすると、なし崩しに残りも美味しくいただいてしまい、再び新たな飼い主を見つけ運ぶ羽目に陥っていた。それも、もはやとりたてて珍しい光景ではなかった。食べきることが出来なかった残飯は季節柄もあって往々にして傷むのが早かった。かろうじて食べられなかったものも顔と衣服(着るのではなく梱包されているのだ!)のはだけたところはすぐに黒く変色し、待たれる食に彩りを添えたかと思うと、やがて気持ちの悪い柔らかさが身体を覆い、いつのまにか見知らぬところで無数の小さな生命が身体の内部に巣食っていた。それは美しい少女から見るのも難儀な醜男や不具者まで一様で、一つ確かなことは美しさは必ずしも食をそそらないということであった。さて、見聞きした限り文字通り最後の人は迫る危機になおも片手を絶望的に差し出して十字をきり、残る片手で護身のために向ける銃口を自らの喉元に深く突き刺し射抜くと、がくりとくず折れ、身を地に投げ出し、平伏して与する死に最大限の敬意を払ったという。これが人の終わり。しかし物語はなおも続く。世界の精神は掠め取られたのではなく唖になったに過ぎない。さらに言えば世界は既にか細い二本の支柱で支えられるということはなかったのであった。(basilides「地獄」)