basilides2006-06-26

世界は明るく、ますます遠のいていた。言明されることのできるすべてのことは、あらゆる未来性を剥奪されて、その残滓を人々が我先にと争う。前時代に獲得された習慣や、希望や、感情は埃を被っているか、あるいは絶滅していた。歴史に絶望して人々がそのほとんどすべての者のものである奇怪な境遇について考え始めていた矢先の、さきの大戦は非常に不幸なものであったが、しかし、いまとなっては避くべからざる結果にすぎなかったといえる。父は常に必ず二年後を生き、戦争の苦悩と栄光を一身に背負い、母は父を見失った。さなか破壊によって恐怖さえも吹き払われた私の取り分にわけて母が残されたのだった。奇しき波浪にそのわななきを時々に私の口唇は捉えたが、たちまちお望みのものを抱えて黒子が書割りの裏から出てくるというようなことは遂になかった。精神はいまではわずかにここかしこで活動しているにすぎない。農夫が誠実ならば大地は決して自らを恥じることはないし、その主人を見捨てることもないということは既にないのだ。それまでも私は自らをひとかどの人間と思いたいがために自身の何ごとにも同意しなかったが、そんなとき母の生来の優しさは人を侮らせるに十分だった。私もそれを素朴に不愉快と思ったし、時には口をついて出ることもあったが、母の稀有の矜持はそれについてさえも少しも損なわれることなく、そんなときもっぱら不快と愉らせない程度の皮肉を含んだ、実に微妙な気遣いをかけてみせるのだった。母はその成分に蜜を含まぬ岩の花だ。どの萼も私に願え。そう思うことが私自身をひとつのユーモラスな役割に押しとどめていたのだった。(basilides「固陋の人」)